ポンコツ女の大行進

気付けば妙齢の若手俳優ヲタク。

ビジネスの向こうのShow must go on

この世界を追いかけているとしょっちゅう聞くベタベタな言葉だけど。
わたしたちは日々、開演前の思わぬアクシデントによって、ピンチに陥って、それでも幕を開けてきた作品を沢山沢山観てきた。

わたしの中で物凄く思い出に残っているShow must go onが3つあります。

 

①2007年5月 ミュージカルエアギア
もう10年前と言う事に絶望するのですが今の20代半ばまでのヲタクの皆さんは馴染みのない事だろう。
初演で主演だった鎌苅健太が急病の為(未だに真意は不明ですが心の病気とか言われてますね)、ライバルチーム役だった上山竜司(現:上山竜治)が主演を務めた。
テニミュで言えばリョーマ役が降板して跡部役や幸村役がリョーマ役をやって、初演ではチームメイトだった対戦校と戦う事になるんだからすごい事だよ。
そのスライドだってものすごく大変だったのに、代役を務めた竜司が千秋楽前日のスケートシーンで本番中転倒・骨折。
その日の公演はなんとか乗り越えたけど、翌日の開演が1時間くらいかな?押して、演出の茅野さんが泣きながら客席の前に現れて、竜司が「全治半年(かな?)の複雑骨折」である事を報告した。
あと1公演だけど竜司の続投、この公演の続行は不可能だ。誰もがそう思った時に、ギプスと包帯グルグル巻きになった竜司が舞台袖から出てきた。
彼は「骨は折れたけど心は折れてないっす!!!」と言いながら笑った。
一晩で制作陣は演出を変更して、それを数時間でキャストが覚えて、竜司はスケートアクションは一切なしで、アクションシーンはアンサンブルに動きをやらせて袖で声をあてる形で千秋楽を乗り切った。
カンパニーの圧を感じた。竜司が座長だったからこその暑苦しい圧、カンパニーの「最後までやり遂げる」と言う根性、すごかった。
全治半年と告げられた竜司はこの千秋楽の一ヶ月後には違う舞台に出てたし、少し経って「あれは下手したら足切断もありえるケガだった」とあっけらかんと語った。
本当にすごい男だと思う。ただの上山竜司ageになってしまったけど。
3年後に鎌苅が主演を務めて再再演が行われたけど、きっとあの時竜司がエアギアと言う場所を守ってくれなかったら鎌苅の帰ってこれる場所はなくなってたかもしれないなぁ。

②2009年9月 テニミュ1stシーズン全国立海 前編
ちょうど丸8年前の今くらいの事。もう8年前・・・・・
テニミュは1stシーズンのクライマックス、全国大会決勝・立海戦の地方公演真っ最中。わたしは自分の就活そっちのけで(と言うと年齢がバレるね)彼らとともに最後の夏を全国各地で過ごしていた。
福岡公演で、準備が長引いていて開演が遅れるとアナウンスが入った。
この時点で既に何年もテニミュを観てきてたけど、開演が遅れたのは初めてだった。
やっとの事で幕が開いたけど、いつものOPの軋むシューズの音は聞こえなくて、キャスト全員が神妙な面持ちでカテコのように1列に並んでた。
兼崎健太郎がインフルエンザにかかり今日の公演に出られなくなった、代役を立てる事も考えたが真田はあまりに出番が多く開演までの時間でアンダースタディに真田をやらせる事は不可能なので公演中止を決断した、と言う報告をされた。
大好きな五代目で同じ事が起こったらきっと心配の気持ちが勝っていたと思うけど、当時あまり人気のなかった五代目を脅かす存在だった立海が足を引っ張ったせい(僻み)で五代目を観る機会が減ってしまった。
チケ代はもちろん払い戻しになるけど、福岡までの旅費は戻ってこないし、何より五代目と推しを観る為に日常生活の色々な事を調整して今日まで楽しみにしてきたわたしの気持ちを兼崎一人のせいで全部無駄にされるのが本当に本当にむかついた。
高崎翔太は、仲間が倒れてしまった悲しみなのか、観に来てくれたお客さんへの申し訳なさなのか、あの恐ろしく美しい顔面をぐちゃぐちゃにしながら泣いていた。
大好きな子たちに目の前で頭下げられて泣かれて、大泣きしながらせめてものお詫びでとFGKSを踊らされるキャストを見てわたしも涙が止まらなくなった。
誰も悪くないんだけど、やり場のない悲しさを怒りをどこにぶつければいいのかわからないまま号泣して、福岡のドラッグストアの店頭にあった三浦春馬のウーノの等身大ポスターと2ショを撮って東京に帰ってきた。ありがとう春馬。
あと傷心気味でホテルに戻ったらエレベーターでラモス瑠偉に遭遇した。
当時のmixi日記を見たらラモスがインフルに感染してないか心配していてわたし優しいなと思った。
Show must go onとは言うけど、舞台人は万能ではなくて、時としてその幕を上げる事が出来ない事もあるんだと実感した。

③2003年12月 テニミュ1stシーズン 不動峰戦再演

このエントリーで柳については書いてるんだけど、この業界追って長い長いとは再三言ってきてたけど、さすがにこの時は当事者じゃないんだなぁわたし。
初代越前リョーマ役の柳浩太郎テニミュの稽古の帰りトラックにはねられ「高次機能障がい」と言う後遺症を体に負った。
結果、長期療養の末に芸能界を引退した。
どうしても柳の生きる力と復帰への想い・努力にスポットがあたりがちだったけど、本人と同じくらい共演者たちは辛い思いをしたし、結果配役をスライドする事で、Kimeru、永やん、一太郎、遠藤さんはものすごく大変な思いをしたんじゃいかなぁ。

詳しくは上記書籍にて。(引退しても柳に印税を届ける事が出来るのかなって思ってずっとステマし続けます。)2.5次元ヲタクの課題図書にしたい。
柳がいなかったらあなたの大好きな2.5俳優はただのクラスの人気者で終わってたかもしれないよって配って回りたいくらい。

柳ありきで始まった「ミュージカルテニスの王子様」は、核である柳が事故と言う形で出演不可能となった時、カンパニー全体がどうしていいかわからなくて立ち往生したと聞いた。
そのカンパニーに、制作陣に「今中止にしたら柳が戻ってくる場所がなくなる。だから何がなんでも公演は実施しないといけない」って、キャストたちが一丸となったとか。
あの時公演を中止にしてたらテニミュは代替わりって言う文化もなくて初代のメンバーの卒業とともに終わってたかもしれないね。そう考えると怖いなぁ。

 

なんでいきなりこんな話をしたかってもちろん滝部の件なんだけど。
もう滝川さんはとっくに部長じゃないのにテニミュの名残で部長って呼んじゃう!って話したら、どうやらペダルでも部長役らしいですね。続・滝部じゃん!

このニュースを知った時、妙齢おばさんたちは皆柳の時の事が蘇ってきたんじゃないかと思う。14年前、当時のヲタクたちは同じような体験をした。
あの時滝部はカンパニーを守る側だった。
意識もあるらしいし柳の時程大ごとにはならないと思うけど、脊損って場合によっては後遺症残るし今後の仕事はどうなるかまだわからない状況だよね。

ペダルも観てないしショウバイロックとやらも全く知らないんだけど(米原幸佑と鳥越裕貴が半裸で耳をつけていると言う情報のみ)、降板した滝部の代役を直也がやると聞いて、本当に14年前の柳の時と完全に一致したなって思った。
外から代役を連れてくる訳じゃなくて内部の仲間がピンチを救う。
いくらテニス出身だからってあなたたちは友情・努力・勝利を体現しすぎだと思うよ。



代わりを演じる事の苦悩を14年も前に体験済のKimeが直也に伝えられる事って沢山あると思うし、柳の時を一緒に乗り越えたKimeが近くにいる事、直也にとってはものすごい心強いんだろうなぁと思う。

 

②の時みたいに、必ずしも幕は上げられるものではない。
体感した訳じゃないけど毎年いくつも、急なトラブルで実施出来なくなっている公演は存在する。直近だと進撃とかね。

優しい人だったら無理しないでいいよって言うかもしれない。
でもわたしは、多感な10代20代を舞台上の彼らに何度も何度も救われてきたから、努力やカンパニーの協力でどうにかなるものなら幕を出来るだけ上げて欲しいと思ってる。
もちろんやむを得ない場合は仕方ない。でも大人の事情のトラブルとかたったそれだけの事で簡単に公演を中止する主催者って、観るわたしたちの気持ちなんもわかってないなって。慈善事業じゃないからきちんと見合うだけの営収が出ないとビジネスとして成立しないのはわかるけど。
それでも今回の滝部の件は、事故に遭った滝部本人と、彼を取り巻く仲間や制作スタッフが、ビジネスの向こう側にあるわたしたちの気持ちをちゃんと理解してくれてるなって言う事が伝わってきたな。
1日でも早い滝部の復帰と、ショウバイロックの成功を陰ながら祈ってます。
この言葉は大嫌いだけど、「(行けないではなく)行かないけど応援してます!」。